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               2009年6月吉日
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題名:情報提供します。  名前:快川国師 2009/12/26(土) 02:51 No.30  HomePage 操作


人がまだ大桑の知られていない伝承や遺跡など知っています。土岐氏に繋がると思います。
  
 

題名:情報提供を宜しくお願いします  名前:澤源 2009/12/30(水) 19:01 No.31  操作

快川国師様

大桑城の全体像やら、大桑地域についても、私たちが全容を語れるほどのフィールドワークをしておりませんので、
美濃源氏フォーラムの掲示板にてご教授願えたら幸いです。



題名:大桑城巡りと健康ウォーキング  名前:澤源 2009/11/23(月) 07:37 No.27  操作


27の画像を原寸大表示します 22日の日曜日に「大桑城巡りと健康ウォーキング」が開催され、33名が参加されました。

山県市の四国山香り公園に集合し、南泉寺と四国堀と六萬墓とそして大桑城に山登りでした。

特に、南泉寺で開基した土岐頼純画像と土岐鷹絵と快川詔喜頂相を架けて頂きましたので、目の前で拝見できました。

そして大桑城です

現在、城の麓から農道が出来ましたので車で登れますが、最後の40分が胸突き八丁になります。

と言っても、登山道として 整備されていますので、途中道は上り下りとバリエーションに 富んでもいます。

掲載写真は、山頂にあるミニ天守閣と北出丸と南側の眼下風景ですので、土岐頼芸になったつもりで感慨深く見て頂けたら幸いです。
特に、北出丸からは下への獣道が続いていますので、私が勝手に頼芸が道三に攻められた時に脱出した現場と推定しましたし、眼下の風景で遥か遠くに見える金華山ですから、頼芸も毎日臍を噛みながら“道三のバッキャロ−”と言っていたかもしれませんね。

そして、3時に解散後は伊自良にある甘南寺と仙洞寺を訪ねましたが、共に寺紋が桔梗でも土岐氏との関連が不明ですので、今回のご縁を頼りにお導きがあることを期待しご就職らに面会し解明に向けての協力をもお願いして帰路につきました。




題名:土岐頼貞の研究課題  名前:澤源 2009/11/16(月) 07:14 No.26  操作


26の画像を原寸大表示します 愛知文教大学にて黒田彰子教授の講演が行われましたが、広島県尾道にある浄土寺で足利尊氏に土岐頼貞や土岐頼遠らの法楽連歌が奉納されている件で、詠み手の名前が源頼貞となっている事が不自然との指摘がありました。

35歳で出家しているはずなので、本来なら法名とした「存孝」を使わねばならず、出家した意味が深いものでなかったか、又は再び還俗したものか、今後の研究の方向性を指摘されました。

然し、ある系図では土岐頼貞は父と言われている光定の孫としているものもあり、面白いテーマを頂きました。

そして、尾道浄土寺の法楽和歌を研究している方に黒田先生の説を連絡したところ、尊氏達が京から九州に落ちた後に軍勢を建て直し尾道に上陸するに及び、ある資料では土岐頼貞は伊予から駆け付けた資料があるとのことですから、嫡男の頼清と一緒に援軍に入った事になり、兎に角これからも益々楽しくなりそうな美濃源氏フォ−ラムです。



題名:土岐邸洋館ミニチュア発見  名前:澤源 2009/09/27(日) 13:53 No.25  操作


25の画像を原寸大表示します 美濃源氏フォーラム家系図研究部会長の桑原由忠さんから、昨日の大桑城散策後の帰路、見出しの「土岐邸のミニチュア」発見の話題を提供頂きました。

これは、現在群馬県沼田市の沼田城址に移築された、旧沼田藩主土岐邸の明治における建築様式が大変素晴らしく、何と愛知県犬山市の明治村にある「旧内閣文庫」にて3月に展示があり、桑原氏が写真に撮られました。

この洋館を造られた土岐章氏は、子爵となりパンのお殿様としても著名な方でしたが、日本の建築史に名を残すほどの洋館を残されたわけです。

10月18日〜19日に日光と沼田へ廻りますので、そういう意味での洋館として再度見学してきたいと思います。



題名:揖斐城巡りと健康ウォーキング開催  名前:澤源 2009/09/22(火) 04:20 No.24  操作


ジャズライブを聴いた翌日の日曜日20日は、朝8時瑞浪出発にて10時開始の「揖斐城巡りと健康ウォーキング」でした。

もちろん揖斐城ですから、揖斐郡揖斐川町にありまして、土岐氏関連史跡です。

参加者38名が麓の三輪神社に集合してから、すぐ際の松林寺へ行き住職さんと総代さんから説明。

特に、境内隅には揖斐地区弓道場なるものがあり、流石に西尾光教の治水や人作りの鍛錬志向が垣間見えます。

この麓から登ること約20分で播隆上人が開いた一心寺がありますが、お彼岸に合わせて「地獄絵」を見せて頂きましたが、父母や先生などを殺めると地獄に墜ちる訳で、まともに直視出来ない地獄の風景です。

そこからマタマタ登ること約20分で揖斐城の本丸に着きますが、途中の道を始め城域などの草刈りを前日に揖斐大野事務局が行って頂きましたので、歩く道すがら刈ったばかりの草の香りが清々しく、ただただ敬服するばかりです。

山頂で昼食と説明で1時間半程取ってから、文学の小道を通り下山するわけですが、途中膝が笑ってしまい休み休みの急坂下りでした。

尚、文学の小道に因み俳句を募集しましたので、下記の二首澤源も投句してみました。

「山登り 癒やす木漏れ日 薄紅葉」
「名残蝉 聴き息吐ける 五十路山」

下りた直ぐ近くには揖斐川町歴史民俗資料館があり、体験してきた土岐頼清・土岐頼康・土岐頼雄などの歴史を中心として観覧したわけですが、特に美濃と伊予を結ぶ交通網として揖斐川の舟運に注目すべくマイミクの一様の御期待に応えたかったのですが、江戸期以降の解説が基本でしたので、課長代理に今後の更なる研究を要請して参りました。

その外、俳句の表彰式があり、澤源も一首入賞しました。

解散は予定通りで午後3時でしたが、ほとほと草臥れたのは澤源だけでして普段の運動不足を解消する、正に健康ウォーキングな訳です。

然し、この草臥れを少しでも解消しようと名古屋大須の餃子専門店と名駅前のカレー専門店に行き、ニンニクと激辛にて体に刺激を注入しましたが、同行の七十代の方々は運転手任せで仕方なくお付き合い下さる善人ばかりです。

尚、昨日は朝から夕方までに長風呂を二回とマッサージ機のお世話になりながら、何とか夜の彼岸寺参りが出来た次第です。

さぁ、後2日間は溜まっている書類の整理と、ジャズライブと山城巡りの2日間 を記事提出用原稿作りでありまして、10月連休がシルバーウィークの残りになりそうで〜す。



題名:「土岐英史THE BREKEOUTざ・無礼講」華麗な一夜 
名前:澤源 2009/09/20(日) 07:24 No.21  操作


昨晩の土曜日19日7時から、「「土岐英史THE BREKEOUTざ・無礼講」の華麗な一夜が無事に終演しました*

参加者の約70名の方々が、ジャズライブの音色に心を踊らせ、あっという間の二時間半でした*

元々、土岐英史さんを是非とも土岐氏発祥地にお呼びしたいとして始まった企画ですが、メンバーは土岐さんにお任せですし、「ざ・無礼講」に合わせてのプレイですから、わざわざ神戸や東京から来て頂きますし、終了が深夜になりますから、当然名古屋泊まりともなります。*

今回は、新進気鋭若手の伸び盛り市原ひかりのトランペットと矢頭亜沙巳のピアノに昨年に引き続き中堅テクニカル倉田大輔のドラムと重鎮岡田勉のウッドベースでしたが、コーディネーター土岐英史の哀愁溢れるアルトサックスが全てを引き回し、感動のライブとなりました。*

お客様の中には、千葉県からみえた方もあり、「ジャズライブは初めてでしたが、何故か涙が出るのが止まらなかった」との御夫婦揃ってのコメントを紹介させて頂きます。*

この事業には、(株)井澤商店にも後援をお願いしており、社長がプレイヤーとの打ち上げでは、御礼の締めの言葉を述べました。*

毎年、少しずつですが土岐氏発祥地において、土岐英史のジャズライブを通して、美濃源氏土岐一族の歴史と文化が伝わることが、そして本当に音楽の素晴らしさを体感して頂ける事が出来、一番嬉しいのはプロデュース出来スタンドポジションから音あわせからリハーサルを通して、完璧なライブに立ち会える、澤源なのかもしれませんね。*

さあ、来年も9月19日は日曜日ですので、土岐英史さんに早速オファーをしなければ*

  
 

題名:ライブレポート  名前:TOAST加藤 2009/09/20(日) 19:26 No.22  HomePage 操作

ベース岡田勉サイトの管理人です。お邪魔します。昨日のライブ、大成功でしたね。色々とお気遣い、ありがとうございました。
ライブの模様を写した写真、数枚ですがアップしました。こちらにお越しの皆様にも、ご覧いただけたらうれしいです。どうぞお楽しみください。

http://www.ben-okada.com/message.html#m20090920


TOAST(Tsutomu Okada Active Supporting Team)加藤

  
 

題名:Re: 「土岐英史THE BREKEOUTざ・無礼講」華麗な一夜 
名前:澤源 2009/09/21(月) 04:34 No.23  操作


岡田勉サポートチームの加藤さんとお会いするのは、今回二回目でした。

3時の入りから、11時半の帰りまで、名前の通りにシッカリサポートされ、写真の記録からホームページの更新などへ誠にご苦労様でした。



題名:写真です  名前:澤源 2009/09/11(金) 19:39 No.20  操作


20の画像を原寸大表示します 土岐栗山氏の系図写真を瑞穂市祖父江に土着化した部分と、盛頼の一部分を撮らせて頂きましたので御覧頂きましょう。


題名:土岐栗山氏の系図拝見!!  名前:澤源 2009/09/06(日) 07:17 No.19  操作


昨日の土岐市講座に新会員になった岡崎市の栗山さんも参加され、系図を持参頂きましたので全て終了後に残っていた運営委員達で拝見致しました。

瑞穂市祖父江に土着する前から、帰農してから現在に至るまでの記述が大変参考になりました。

詳細は後日頂く事になりますが、栗山氏研究には欠かせないものでしょう!

尚、盛頼部分の記述もmino阿弥さんが見たいだろうとつけておきました。



題名:土岐英史 THE BRAKEOUT ライブ 
名前:執事 2009/08/13(木) 14:38 No.18  HomePage 操作


18の画像を原寸大表示します        
       ざ・無礼講

土岐英史 THE BRAKEOUT ライブ

  美濃源氏土岐氏一族の歴史と文化を
       ジャズで体感
七百年ぶりの悲願が、今宵一夜だけ実現します


日    時 : 9月19日(土)open:6pm start:7pm
場    所 : ホワイトスクエア2F癒しの間(井澤商店内)
入 場 券 : 前売3000円 当日3500円 1drink付
申  込   : 美濃源氏フォーラム事務局
           岐阜県瑞浪市寺河戸町1238‐2
          T E L (0572)68-3143
          eメール breyko@basil.ocn.ne.jp


土岐   英史氏  sax   http://cd-v.net/toki/
矢藤亜沙巳氏  p     http://blog.goo.ne.jp/yasama-pf
岡田   勉氏  b     http://www.ben-okada.com/index.html
倉田  大輔氏  ds    http://kuratajazz.com/index.html
市原 ひかり氏  tp    http://www.hikari-ichihara.com/top.html



題名:第19回美濃源氏フォーラム大盛況  名前:澤源 2009/08/09(日) 04:57 No.17  操作


17の画像を原寸大表示します 昨日、第19回美濃源氏フォーラムが大盛況で終了しました。

講師の明智憲三郎氏は朝一番に横浜を出られ、10時半から12時迄土岐氏発祥地の史跡巡りを澤源が案内し、昼食は瑞浪名物の駅前加登屋食堂の「あんかけカツ丼」を食べて貰いました。

午後1時から開場でしたが、少し前から予約者が並ばれる程で、2時の開演には会場満杯の人で溢れかえりました。

千葉県千葉市や長野県松本市に静岡県静岡市が御遠方からの方々で、当然岐阜県内の西濃や岐阜地区に飛騨や中濃と、そして東濃は中津川に恵那に土岐市多治見も満遍なくみえましたし、瑞浪市内も全域からの参加でした。

内容は、今後の講演を楽しみにされたり、又著作を読まれる方もありますから簡単に紹介します。

ポイントは、明智光秀が美濃源氏土岐氏一族であり、信長の近親者における日本国土の統治支配と部下達の排除の予兆が根底にあったこと。

そして、信長が松永弾定や荒木村重等にに続き、家康と長宗我部元親の排除に動き出していたこと。

然し、光秀は家康討伐をせずに逆に信長討伐をし、この秘密を知り得た秀吉と家康と細川が「観ざる聴かざる言わざる」を投し続けた事が、徳川氏支配の体制下で、名門土岐氏の復活や春日局の登用に、そして春日局に養育された徳川家光による日光東照宮に現れている、と言うものでした。

二時間があっという間に過ぎましたが、この真実を裏付ける資料をどの様に見つけ、そして解釈するかと言う「歴史捜査」の裏側を、資料八枚を駆使しての証拠固めでしたので、来場者には大変感激して帰路について頂いたものと思います。

講演終了後に明智先生を囲み食事会をしましたが、これまた瑞浪名物の鳥安の「鳥のすき焼き」を愉しんで頂きました。

ゲストに遠方からの参加者にお声掛けしましたら皆さん是非とも参加したいとの事で、総勢12名で明智光秀公談義に花を咲かせた次第です。

最後は、「美濃源氏花火大会」を観て貰いましたが、打ち上げが間近に見える土岐川堤防に茣蓙を敷いて陣取り、一時間の天空華色ショーを悦んで頂けたようでした。

さあ、今日は土岐市内の土岐氏史跡巡りにお連れしますが、特に明智光秀公の系統である土岐妻木氏関係を廻ります。

又、何とか可児市の長山城と天龍寺が見たいとの事ですので、名古屋で予定されている時刻にはギリギリの行程になりそうです。

そして、今日まで美濃源氏七夕まつりが続きますが、美濃源氏の名前を冠にしたメインイベントが、歴史性を持って知的に継続してこそ、正に先祖供養の「おまつり」ですので、来年いよいよ20周年を迎えますが楽しみにお待ち下さいませ。

尚、滋賀県大津市西教寺にあります「明智光秀公顕彰会」より美濃源氏フォーラムが瑞浪支部を拝命しましたので、全国の光秀ゆかりの地と連携し進めて参りますし、光秀公を大河ドラマにする運動が始まっておりますので、署名活動も昨日の参加者にご同意頂きましたし、中には用紙を持ち帰って頂いた方もありました。

美濃源氏フォーラムへのメールでも受付しますので、是非ホームページからお願いします。


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