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               2009年6月吉日
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題名:称念寺と西福寺と明智光秀  名前:井澤康樹 2015/11/11(水) 08:39 No.123  操作


称念寺と西福寺庵と明智光秀

称念寺は、文明5年(1473)に朝倉敏景の勧告により長崎の北陸街道沿いから金津の東山へお墓を除き、寺ごと移転している。
永禄5年(1562)には浪人中の明智光秀が称念寺を訪ね、門前に寺子屋を建て生活していた。
この話は有名で、江戸時代の松尾芭蕉は称念寺を訪れその頃の光秀夫婦を『月さびよ 明智が妻の咄せむ』と俳句に詠んでいる。
明智光秀は称念寺の末寺であった、西福庵の庵主のご縁で称念寺に身を寄せた。
夫婦の生活は貧しくとも、住職と連歌や漢詩を詠んで、後の細川ガラシヤもこの地で誕生したようである。
その西福庵は、福井県史の中に以下の記述がある。

寺庵が朝倉氏のために行なう祈の軍事的形態が、従軍して将兵のために読経などをする陣僧役の負担であった。
永正十年(一五一三)に敦賀郡司の朝倉教景が西福寺に対して発した定書によれば、朝倉氏より所領を安堵されている西福寺寺内・門外の僧は実際に朝倉氏が出陣したときには陣僧を勤めること、ならびに「地頭・領家・給主」などの個別領主が陣僧を徴発することを禁止している(資8 西福寺文書一七三号)。
陣僧は寺庵身分の者がその職能に応じて果たす役ではあるが、それを負担するのは朝倉氏により所領を安堵されている寺庵に特定されており、陣僧役は給地を与えられた家臣が負担する軍役に対応するものである。

このように、朝倉氏の関係する西福寺から、本寺の称念寺へ紹介され、寺子屋を開いた事になる。
明智光秀が守護家に近いものならば当然浅倉家に寄寓しているはずで、然し紹介されるだけの格式はあった事になる。

尚、明智憲三郎氏より福井の今立に残る伝説に関わる寺院として、願教寺が土岐頼武・頼純との繋がり深いとの話を貰ったので、北陸の土岐さんに調査をお願いしたい。



題名:泰阜村の土岐てつ、誰だ!?  名前:井澤康樹 2015/11/10(火) 19:43 No.122  操作


木下から土岐に名乗り替えたのは、妻が土岐てつ!
さて、菅沼からきていたのかが、これからの土岐沼田司で調べよう♪



題名:泰阜村の土岐てつ、誰だ!?  名前:井澤康樹 2015/11/10(火) 19:42 No.121  操作


木下から土岐に名乗り替えたのは、妻が土岐てつ!
さて、菅沼からきていたのかが、これからの土岐沼田司で調べよう♪



題名:舞鶴田辺藩の土岐氏  名前:井澤康樹 2015/11/10(火) 07:13 No.119  操作


119の画像を原寸大表示します 土岐氏に繋がる姓の名乗り替え可能性

乙部・彦坂・西郷・舟木、そして菅沼か?!

  
 

題名:Re: 舞鶴田辺藩の土岐氏  名前:mino阿弥 2015/11/10(火) 09:50 No.120  操作

気持ちはわかりますが、ご研究の上ご教示お願いします。
乙部姓は、岐阜市内にも見られます。
彦坂姓は、「美濃国諸家系譜」に「彦坂氏之事」として紹介されています。
諸説あり、よくわかりません。



題名:福岡中津藩  名前:井澤康樹 2015/11/10(火) 07:12 No.118  操作


福沢諭吉の奥さん「土岐きん」の土岐氏は、中津へ奥平氏が移っており、その中に矢張り菅沼氏がみられるので、ここも菅沼から土岐への名乗り替えなのだろうか?!


題名:舞鶴田辺藩の土岐氏  名前:井澤康樹 2015/11/10(火) 07:08 No.117  操作


117の画像を原寸大表示します 土岐氏に繋がる姓の名乗り替え可能性

乙部・彦坂・西郷・舟木、そして菅沼か?!



題名:飯田から吉井へ  名前:井澤康樹 2015/11/10(火) 07:01 No.116  操作


116の画像を原寸大表示します 飯田から吉井へ


題名:吉井へ  名前:井澤康樹 2015/11/10(火) 06:57 No.114  操作


114の画像を原寸大表示します 飯田から吉井へ
  
 

題名:織田信忠の高野城  名前:井澤康樹 2015/11/10(火) 06:58 No.115  操作

織田信長忠の高野城でした


題名:吉井へ  名前:井澤康樹 2015/11/10(火) 06:55 No.113  操作


飯田から吉井へ


題名:下伊那郡泰阜村の土岐氏  名前:井澤康樹 2015/11/10(火) 06:53 No.112  操作


112の画像を原寸大表示します 群馬県藤岡市あたりの土岐氏が泰阜村から来たと言う伝承が繋がりました。
天正18年泰阜から吉井へ所替。
所が、菅沼氏の事であり移ってから土岐氏となったようです。
また、京極高知も丹後の田辺へ移封されていますが、その後の牧野氏統治の田辺藩家臣には彦坂・西郷・舟木・菅沼の土岐姓分派がみられ、現在15代続く舞鶴の土岐氏の名乗り替えは、矢張り菅沼からなのか、今後が楽しみです♪


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