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題名:明田系図2 名前:T/M
2018/07/07(Sat) 19:25 No.337 


明智光秀の側室の子で山城国の神社に匿われた於づる丸の御子孫で名字を明田と変えて明治時代に至った「明智氏」
 伝わっているのは、曾祖父の父・明田鉄太郎は津軽(弘前)藩士で能楽師の笛方
どうして明田氏を名乗られたのかはよくわかりませんが、
ここである仮説を
「本能寺の変」に深い関わりがあるとされる「近衛(前久)家」が恩ある「光秀」子の1人とされる「於づる丸」を山城国の神社(近衛家ゆかりの?)に匿い、成長後
「近衛信尋」公に奉見仕官した「藤田清兵衛」、又は其の師である「下川丹波守重次」に命じ「於づる丸」に笛を覚えさせ、近衛家ゆかりの「弘前藩」に仕官させた。


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