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題名:Re: 無題 名前:名無しさん
2018/07/06(Fri) 11:03 No.334 


「美濃国諸家系譜」の久貝正好は、山城国乙訓郡久貝村で生まれ父正藤が永正8年(1511)の舟岡山合戦で討死した後、諸国遍歴し美濃に来て山岸父子を頼ったとされています。
正好の子正勝は弘治3年(1557)稲葉土佐守秀通を討ち取り徳川家に仕えるとされています。
稲葉土佐守は良くわかりませんが郡上市和良町沢に境城があり
一時期城主だったようです。
ただ年代が20年前後ずれています。
正勝は市右衛門とされ久貝正俊(忠左衛門)の父に符合します。
系図には、久貝忠左衛門は天文22年(1553)生まれとされていますから、久貝正俊の天正元年(1573)生とは若干違います。
系図作成時に、15〜20年前後の年代のずれが生じてそのまま反映されてしまったようですが、久貝正俊の出自が美濃に関わっていたとすれば大変興味深いことではないかと思います。
また、系図作成者は久貝忠左衛門が旗本久貝正俊であることを承知していれば当然書き込んでいるはずですから知らなかったのではないかと思います。



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