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題名:今峰の分家 名前:今峰と日置、今枝
2018/02/25(Sun) 23:46 No.276 


はじめまして、よろしくお願いいたします。
今枝仁王尊を調べてたら、金沢市の文献に、今枝は土岐の今峰の末裔とありました。
更に調べていくと、尾張の国の何処かに、今枝郷の存在したことが判明しました。
今峰氏を調べみると、八百津の丸山ダム側、今峰城跡を見てきました。その地の近くに日枝山に縁のある方々が住んでみえます。
金沢の今枝氏は、日枝山いまの比叡山において、お寺の開基に尽力いたようです。
何故にと、金沢市の今枝仁王尊を調べると、
今峰の名を、兄と弟で分けた節がみられます。兄は日を峰に置き日置を名乗り岡山藩士、弟は、今と枝をとり今枝となり加賀藩士へと別れて行ったようです。
室町時代、土岐頼遠が亡くなり1342年没、貞和5年1349年の書状には、尾張の国今枝とあり、入鹿、羽黒とならび存在しているようでした。現代には、その地名すら、現在は残されておりません、無礼講の影響かもしれません。土岐頼遠、(子)今峰光氏(旧丸山城、今峰城主)当時の土岐氏は、平家の方々とも仲よくされていたようです。


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